大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和48年(う)898号 判決

被告人 千島章市

〔抄 録〕

本件は原判示のとおり、被告人が原判示の速度で、真夜中の暗い田舎道をライトを下向きにしたまま、前方注視が不十分にしかできない状態で進行した過失により、前方を同方向に歩行していた被害者の発見がおくれ急制動の措置をとったが間に合わずにこれに追突して即死させたものであるが、被告人がライトを下向きにして進行したのは、一度対向車とすれ違った後の本件事故直前に約二五〇メートル前方に再び別の対向車が迫っていたためこれと安全にすれ違うためであり、その際一たんライトを上向きにしたうえさらに下向きにする余裕がなかったとは認められないが、本件事故地点が昼間でも人通りの多くない田舎道であり、当時冬の月もない真夜中であったことから本件被害者のように道路中央付近を歩行している者があることまで予想しなかったため、専ら対向車とのすれ違いの安全確保に注意を向けたためライトを下向きにしたまま進行したものであることを認めるに難くない。このようにみてくると、本件は、被告人が結果発生の予見をしなかったことにつき一がいに被告人を厳しく責められない事情があるといえる。このことは反面からみると、すでに七〇歳になろうとする老令で、視力、聴力も劣っており、歩行も不自由な被害者が、寒空の暗い真夜中に田舎道の中央近くを独り歩きしていた過失が大きいことを示すものともいえる。

要するに、本件による結果は痛ましく重大ではあるが、被告人の過失の内容をよく検討すると、その程度は重いものとはいえないし、被害者の過失の大きいこともまた認めざるをえない。

被告人には前科前歴等は全くなく、本件事故発生直後直ちに被害者の救護措置をとることに努め、程なく到着した警察官にも卒直に自己の非を認め、被害者の遺族に葬儀料として二〇万円を支払い、その他自動車損害賠償法による保険金二九一万円の請求手続をすることに尽力する等遺族に対し陳謝の誠意を示していること、遺族も被告人の誠意を認めて寛大な処分を望んでいること、被告人が年令も若く真面目な勤労青年であること等諸般の情状を検討すると、被告人に対しては刑の執行を猶予するに足りる諸事情があると認められ、原判決の量刑はやや重きにすぎるものといわなければならない。論旨は理由がある。

(田原 吉沢 小泉)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!